みちべぇの道

道だとか橋だとかが好きで、走ったり歩いたり道に迷ったり

鎌倉の海蔵寺の庭の花

迷える子羊は(そんな可愛いもんじゃない)、心の支えが欲しくて図書館で禅の本を借りてきました。

 

山田宗正『何をやっても、だいじょうぶ』

禅の本です。(本当です)

表紙の絵は、シュノーケルを装着して滝行している修行僧( ̄▽ ̄)。

まったくもって「何をやっても、だいじょうぶ」な絵でござる。(大丈夫なのか?)

山田住職のおられる京都の大徳寺は、一休宗純禅師(一休さん)が開いた寺で、自由な気風なのか、変わり者が多いのか、ふざけた表紙に惹かれて読んでみました。

 

「禅」とは何か

禅の本質は悟りうんぬんよりも、「こだわらない」「その時々、瞬間を懸命に生きるだけでいい」という精神にあります。

ふむふむ。「今、ここ」ってことね

過去の出来事を後悔することなく、未来に不安するのをやめて、「今、ここ」を一生懸命に生きれば悩みが悩みでなくなる。たぶん動物はそうして生きている。

 

一休さんのエピソードが好きです。

(一休禅師が)他界する直前、

「この先、どうしても手に負えないことがあったら、これを開けなさい」

と、弟子たちに1通の手紙を託した。何年かして、行き詰った弟子たちが手紙を開けてみると、こう書いてあったそうです。

「大丈夫。心配するな何とかなる」

ちょっとぉ、無責任なんじゃない一休さん、とも思うけど

そういうものかも。

 

禅の言葉に「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」というのがあって

何事も空であり、本来 実態などないのだから、振り回されたり執着しても意味ないんだよ。という意味。一休さんが「大丈夫、何とかなる」と言ったのは、無責任なのではなく、ちゃんと禅的な根拠がある言葉なのよね。

 

「大丈夫」は魔法の言葉。言われると落ち着くもの

 

本を読んで、少し気持ちが軽くなったような(影響受けやすい)

でも、まだいろいろ考えてしまうような、お片付け途中のアタマで

そうだ、禅寺に行こう と思った。

禅のお寺の静けさと、整えられたお庭に身を置いたら

この、とっ散らかった気持ちも落ち着くんじゃないか。

 

んで、行きました。鎌倉の海蔵寺へ

山門を入ると、まず目に入ったのがシオンの花

 

シオンってこんなに背が高かったっけ。

 

本堂でお参りして、お庭を散歩。

ふと、以前何度か坐禅をした円覚寺の横田老師の言葉が浮かんだ。

「まずは、腰骨を立ててください」

坐禅をするときは、まず腰の骨(骨盤のことかな)を立て

背中をまっすぐにして、肩の力を抜いて座る。

最初は身体から整えていくところが禅ワールド。

 

今は坐禅はやってないけど、自分を整えたいので

背筋を伸ばして、お庭を歩く

空気がスッと身体に入ってきて

気持ちが若干 悠々とする、気がする。

 

お、ホトトギスだ。

 

面白い花だね。模様がホトトギス(鳥)っぽいからホトトギス?

 

リンドウの青

 

 

赤い実は、サネカズラかな

 

百人一首に出てくる「逢坂山のサネカズラ」は、秘め事の歌 (*^-^*)

 

庭の端っこの薄暗いところに、ピンクの花が咲いてた

下を向いて咲いてるけど、よく見ると可憐な花

 

シュウカイドウね

紫苑に秋海棠、木蓮はいないのか(「僕の地球を守って」)←独り言です

 

なぜか、植木に埋もれてる観音様

 

埋もれてるけど静かな表情 

 

ココロは簡単には整わなかったけれど

楽しかったデス

 

海蔵寺はモミジがたくさんあったので、紅葉すると綺麗だろうな。

また行こう。

 

海蔵寺を後に、海岸にでて国道を藤沢まで歩いた。

 

海だぁ

 

子どもたちが走る海辺。 カラフルっ子

 

陽は傾き

 

 

バルカの砂漠に沈んでいった(嘘)

 

 

鎌倉は観光客が多いだろうと、足が遠のいていたのですが

海蔵寺はそれほどでもなく、ゆっくりとお庭を見ることができました。

帰り道の、鎌倉高校前近辺は相変わらずすごかった。

若い人は元気じゃのう。