先日、安達太良山から下山し、ロープウェイ駅内にあるカフェ&レストランで休憩していたところ、テーブル横の壁に展示してある原稿が目に入りました。

高村光太郎『智恵子抄』の『あどけない話』の原稿(の写し)
安達太良山といえば『智恵子抄』
有名だけれど、私は読んだことがなく
智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
で始まる この『あどけない話』も、うっすらとしか知らなくて
「智恵子さんのふるさとの空はキレイだったんだろうな」くらいにしか思っていなかった。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
今日、私たちが見てきて、今も外に広がっている
この安達太良山の空が、智恵子さんにとっては特別な空だったんだね。
智恵子さんはどんな人だったのだろう。
知りたくなって、帰ってから『智恵子抄』を図書館で借りて読みました。

高村光太郎の詩と短歌と随筆(回顧録)から成る『智恵子抄』
詩の前半は、愛する妻、智恵子に対する想いと、二人の日々が綴られている。
明治生まれの智恵子は、女性としてはめずらしく大学を卒業し画家の道を目指す。いわゆる「新しい女性」。留学帰りの高村光太郎と出会い、恋をして、周囲の反対を押し切って一緒に暮らす。
そんなエピソードから自由で強い女を想像するけれど、実際の智恵子は身体が弱く(肋膜炎が持病だった)、話す声の語尾が消えていくような内向的な人だった。
夫、光太郎の作る作品の良き理解者であり、自身も油絵を熱愛し、二人で芸術活動をしていくのだが、夫には創作に専念してほしいと強く思い、家の用事は全て自分でやり、それゆえ自分が絵を描く時間が削られることにジレンマを感じていた。
智恵子は、体調が悪くなると実家のある福島、二本松に帰省し、そうするとじきに回復し元気になったのだと。故郷は智恵子にとって身も心も癒してくれる場所だった。
本には書かれていないけど、そんな智恵子が、少し疲れたときにつぶやいた言葉が「ほんとの空が見たい」だったのかな、と思いました。
あの空を見れば元気になれる。もっと頑張れる。みたいな
しかし、智恵子の実家は次第に没落していき、破産。彼女には帰る場所がなくなる。
『智恵子抄』は、中盤から苦しく悲しい詩に変わる。
半ば狂へる妻は草を藉いて坐し
わたくしの手に重くもたれて
泣きやまぬ童女のやうに慟哭する
――わたしもうぢき駄目になる
切ない。どんなにか怖かっただろう。私などの想像の及ばない病
精神分裂病(今の統合失調症)を病んだ智恵子は次第に壊れていき、入院していた病院でその生涯をとじる。享年52歳。
智恵子が亡くなってからも、詩は続く
『梅酒』の一節に光太郎の寂しさと、智恵子の愛情が感じられて、しんみりしてしまった。
死んだ智恵子が造つておいた瓶の梅酒は
十年の重みにどんより澱で光を葆み、
いま琥珀の杯に凝つて玉のやうだ。
ひとりで早春の夜ふけの寒いとき、
これをあがつてくださいと、
おのれの死後に遺していつた人を思ふ。
『智恵子抄』を読む前は、智恵子という人は詩のタイトルにあるように「あどけない」可愛らしい人かと思っていたのですが、本を読んでとても印象が変わりました。
智恵子は、繊細さと一途さ、気性の激しさと内気が同居するアンバランスな気質で、強くて脆い人。好きなことにのめり込む性格。熱愛しすぎて絶望も半端じゃない。やっかりな、愛すべき人だ。
あれこれ考えているうちに智恵子を身近に感じるようになり、好きになってきた。
安達太良山の空は、美しく青かったよ。



























































