みちべぇの道

道だとか橋だとかが好きで、走ったり歩いたり道に迷ったり

百日紅サルスベリ

木曜日、買い物がてら花菜ガーデンに寄りました。

サルスベリが花盛りであった

 

たくさん咲いてる

 

サルスベリ、漢字で書くと百日紅

夏の暑い中、100日も咲くんだね

 

紅くなくても百日紅

 

綺麗なのだけど、最近まで この花が苦手でした。

なんだか、正気を失っているような感じがして。

えげつないくらいの生命力」ってブログで言ってる(;^ω^)。

 

でも、この過剰な鮮やかさもまた趣があるよなと、この頃思う。

一生懸命咲いてる姿は、やはり心打つのです。

 

くねった枝と滑らかな幹は面白い。

何しろサルスベリだから、猿も滑るくらいツルツルなのよね

 

猿は滑るけど、虫は滑らないでとまってた

 

虫、エライね

 

小さいヒマワリも、同じ方を向いて咲いてた

 

 

夏ですねぇ

 

 

 

※関係ないのですが

 昨日の記事に萎んだカラスウリの花の写真を追加しました。(今朝のランで撮った)。今更ですが ( ̄▽ ̄)

 

 

 

朝咲く花、夜咲く花

昨日の朝ラン

5時前に家を出て、いつもの川沿い・・の横の道をジョグ。

夏の目久尻川沿いの道は、草ぼうぼうのところがあり、

早朝に草の中を走ると、朝露でびしょびしょに濡れるのと

全身クモの巣だらけになるので、

朝ランのときは、川横の舗装路を走ることが多い。

 

走っていると、

道路の脇に、いくつか白いカタマリがあるのが目に入った。

これは、たぶん咲き終わって丸まったカラスウリの花だ。

 

 

カラスウリは夜咲く花。朝になると萎んでしまう。

写真では知っているけど、本物は見たことがない。

(以前、カラスウリの花だと思っていたのはカラスウリじゃなかった)

夜になったら見に来ようかなと思い、その場を後にした。

 

🏃🏃🏃🏃

 

蟹ヶ谷公園で一休み

今日もハスがキレイに咲いてる

 

おはよう

 

今年も、長い間楽しませてくれている。

ハスは朝咲くというけれど、何時頃咲くんだろう?

Googleに訊いてみたらば「6時頃から咲き始める」とあったが、もっと早いんじゃないかな。日の出くらいからとか。

ともかく、いっぱい咲いてる。早起きな花。

 

葉の上に、昨夜の雨の名残りがコロコロ

 

お、セミの抜け殻だ

見つけると何だか嬉しいセミの抜け殻

 

空っぽの蝉と書いて空蝉だけど

この空蝉は、眼に草の緑がうつって生きているみたいに瑞々しい

近くの木で、セミがシャンシャン鳴き始めた

 

✧✧✧✧

 

夜になり、カラスウリの花を見に行こうと

懐中電灯を片手に暗い夜道を一人テクテク。

北の空が、時折 ピカリと光る⚡

 

今朝、白いカタマリを見つけた場所に到着

周りは真っ暗。

でも、ぼんやりと白いものが見える気がして

懐中電灯を向けると

 

カラスウリの花(たぶん)が花を開いている

レースが、思ったよりうんと広がってる

 

夜咲くのは、夜行性の虫を引き寄せるためだそうな

甘い香りがするということなので、嗅いでみたけどわからなかった。

 

夜の底で咲いているような、不思議な白い花を

しゃがんだまま長い間眺めてた(暗闇にうずくまる老女 ( ゚Д゚||))

 

見つけるの、ちょっと遅かったかな。

今日見た花は、レースのところがだいぶ乾いて、もやしのヒゲみたいになっているけど、もっと早い時期ならば、繊細な美しいレースが見られたのかも。

それと、懐中電灯で照らしながらスマホで写真を撮るのは難しいから、次はヘッドライト持参で。それと虫よけスプレーも必要だ(蚊に刺された)

来年また見に来るね。

と、来年のことを考えながら帰路についたのでした。

 

 

 

 

 

愛とはなんぞや

三浦綾子の『氷点』があまりに面白かったので、続けて『続 氷点』を読みました。

 

 

『続 氷点』、読みながらいろんなことを考えた。

肝心なところはネタバレしないように気をつけたつもりですが、、どうだろ(心許ない)。いつものように長いです。

 

📘📙📗📕

 

前作『氷点』のテーマである「原罪」について、より掘り下げて描かれておりました。

主人公の陽子は、育ての母にいじめられ 随分辛い目にあっていた時期があったのですが、母のいじめを誰にも話さず、常に明るく元気な子供だった。

その頃のことを、成人した陽子は振り返る

 

(私は)ただひたすら、石にかじりついてもひねくれまい、母のような女になるまいと思って、生きてきた。

 

なんて聡明な、偉い少女なんだろうと思った。憎しみの連鎖を増やしても救いはないから、それを自分で断ち切ろうと 強い気持ちを持った子なんだなぁ、と。

しかし、陽子は続けてこう述べる

 

が、それは常に、自分を母より正しいとすることであった。相手より自分が正しいとする時、果して人間はあたたかな思いやりを持てるものだろうか。自分を正しいと思うことによって、いつしか人を見下げる冷たさが、心の中に育ってきたのではないか。
(原罪!)
陽子は、ふと啓造から聞いた言葉を思い出した。ようやく、自分の心の底にひそむ醜さが、きびしい大氷原を前にして、はじめてわかったような気がした。

 

なんと (;・∀・) ここまで深く内省するなんて・・・自分に厳しすぎる。

だってさぁ、そんなこと言ったら、どんなヒーローでも英雄でも(同じか)、正義の行動の奥底には、自分を正しいとし相手を否定する冷たい心「原罪」があるってことじゃないの。

そっか、それが「原罪」で、だから「原罪」なのか。

うーむ (;゜-゜)

「『氷点』を読んでから折に触れ考えていた「原罪」のことが、衝撃をうけながらも、ようやく解ってきた気がします(遅い)。

 

人の深い罪は許されるのか、という展開から、物語は『続 氷点』のテーマである「ゆるし」に触れていく。

「ゆるし」に関してのキーワードは

 

「あなたがたの中で、罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」

 

というキリストの言葉で、「人は人を裁けない、だが許す力もない」というような若干宗教的な内容になるので、私にはやはり難しく、これからまた考えていきたいところですが、

この「ゆるし」に関連して「愛」の定義がなされていて、それはとても興味深かった。

 

愛するってなんだろう?

なんだと思います?

愛が大事とか、そこに愛はあるのか、とよくいわれるけど、私は愛が何かを解かっていない(長く生きてるのに)。

 

「愛とはなにか」という問いに、啓造(陽子の父)はこう答える

 

「愛にもいろいろあるらしい。本能的な親子の愛や、俗にいうエロスの愛、それに友愛などね。しかし人間が本当に問題にすべき愛は、本来意志的なものだろうね」

つまり

愛とは、意志である

と、非常に明解。

目からウロコではあるけど、同時に妙に腑に落ちた

 

小説の中に、青函連絡船が転覆・沈没する事故の場面があって、船内にいた宣教師が自分の救命胴衣を近くにいた人に与え(その人の救命胴衣は壊れていた)、与えられた人は助かり宣教師は亡くなってしまったというエピソードがあった。それもまた愛(=意志)による行為なのだろうな。

 

言われてみれば「幸福の王子」も「月のウサギ」も愛の話なのか。

それは我慢して嫌々することではなく、心から「こうしたい」という想いからの行動。「自分が損をする、変に思われる」などの利害を超えた行い。

 

意志だとしたら、もしかするともしかして、慈愛心のない私でも愛を実践できるってこと?と思ったりする。

立派な行いでなくとも、例えば、夫が私の話を全然聞いてないな、と思っても皮肉を言わないで相手を労わり、いつもできるだけ機嫌よくいる、とか。(些細すぎる。でも、やってるつもりでもできていない)「愛は意志だ」と思えばできる気がする。

 

それはさておき

「愛とは意志である」の言葉を心に留めた陽子は、予想外の決断をする。

その愛の実践によって、陽子の罪が少しずつ許されていくのだろうか。

 

陽子の、痛々しくも感じられる言葉を思い出す

 

そしてね、考えたの。生れて来て悪かった人間なら、生れて来てよかったとみんなにいわれる人間になりたいって

 

どうか、陽子が幸せに生きられますようにと願うばかりです。

 

 

未明の流星、朝のアオバト

今朝、流れ星が見たくて、午前3時に家を出ました。

未明の散歩、夫に付き合ってもらった。

 

ペルセウス流星群の極大は13日の午前11時。

日本での見頃は12日か13日の夜とのことだけど、どうもお天気が悪そうで。

2~3日前でも、何個か見えるんじゃないかな、と期待してみる。

 

相模川沿いを海に向かってテクテク

空の低い位置に、細い細い月がぼんやり浮かんでいる。

空全体は、薄い雲があるけれど星も見えていて

東の空にはオリオン座が横たわってる

もう夏も終わりだね(まだです)

おうし座のアルデバランとカシオペアのWを確認

この二つの星座の間くらいにあるのがペルセウス座かな

 

上を向いて歩いていたけど、なかなか星は流れず

飛行機の灯りが2つ、3つ、ゆっくり動いてる。

それを見て、ピカッ💡とひらめいた

そっか、流星群の日は飛行機に乗ればいいんだ。

雲の上を飛ぶから晴天率100%だし 周りが真っ暗だから、さぞやたくさんの流星が見えるであろうよ。

すごい大発見!なんて考えていたら

天頂を、白い軌跡を描いて星が流れた

「やあ」流れ星に手を振る(もう消えてるけど)

 

その後、土星の近くを シュッ🌠

おうし座の赤い目(アルデバラン)の上をかすめてピュッ🌠

短くて細い跡を残して、星が飛んだ

ささやかな流れ星3つ。見ることができて嬉しい。

 

相模川河口に着いたときは朝

 

 

今日は、もう一つ見たいのがありまして

それは、海水を飲みにやって来るアオバト。

丹沢の山に登ると「アーオ、アーオ」という鳴き声が聞こえるあの鳥ですね。

一度見てみたかった、海水を飲むアオバト。

飛来地の大磯まで、もう少し歩きます。

 

🐾🐾🐾🐾

 

大磯の海岸に到着して、待っていると

来た!

 

集団でやってきて、上空をぐるっと一回りした後、

 

海の岩礁に降りた(または降りようとしている)アオバト

ときどき、波がザバンと岩にあたり、白い飛沫がくだける

 

必死に波しぶきを避けて岩礁に降り海水を飲む鳥たち(撮影は夫)

波にさらわれてしまうこともあるのだって

命がけの行動、真剣に生きる姿。

(T_T) ←感動してる

(アオバトが海水を飲むのは、塩分とミネラル補給のためといわれていますが、実のところはまだよく解っていないようです)

 

スマホで写真を撮るのは遠すぎて無理と早々に諦め、ひたすら双眼鏡でアオバトを追い、「綺麗な鳥だなぁ」と見とれた。

オリーブ色の体と、オスのえんじ色の羽は何とも渋く、喉元から胸への明るい黄緑色が朝陽を受けて鮮やかで、とても美しい。

 

お目めまん丸。(これは海岸の案内板に使われてる写真、の写真です)

 

アオバトは、岩礁の上で海水を飲むとすぐに飛んでいき

間もなく別の集団が飛んでくるという、入れ替え制(?)で

案内板によると、多い時で一日2,000羽のアオバトが飛来するのだそうで

丹沢ってそんなにいっぱいアオバトがいるんだねぇ、と感心したのでした。(私は、山では鳴き声を聞いただけで、一度もアオバトを見たことがない)

 

 

いいもの見させていただきました。

 

 

心の穴

キド

 

この前、娘さんから電話があって、キドのこと教えてくれました。

そりゃショックだったさ。

でも、去年の暮にキドがひどく体調を崩したと聞いたときから、何となく覚悟はしていたのかも。

びっくりしたのは、「四十九日の法要を済ませました」という娘さんの言葉。

「母の意向で、葬式は家族だけで」って。「せめてお香典を」と言ったらば丁重にお断りされたよ、キドとよく似た声で。

まったく、キドらしいなと思ったよ。

人のために何かすることは厭わないのに、誰かに面倒をかけることをよしとしない人だものね、キドは。

気持ちはわかるけど、私はキドのために何もできないのかな。

しばし考えて、手紙を書くことにしました。

キドとはずっとメル友だったし、私のブログもたまに読んでくれて面白がってくれたから、この手紙も読んでくれそうな気がするし、お線香あげるのと同じくらいには供養になるのかな、と勝手に思ってます。

長文メールだ。覚悟して読んでくれ。

 

連絡があった日、眠れないままにキドからの過去メールを読み返しました。

だいたいが、どうでもいい内容と愚痴だったけど、中に「ハッ」とする一文があって

二人が魚沼で30年ぶりに再会した「里帰り旅」のブログを読んで送ってくれたメール

キドらしからぬ、しんみりした内容だったね

 

>みちべえと、昔を思い出す楽しい時間が過ごせてほんに良かった。

>当時は幸せとは思えないコトがいっぱいあったよ。

>だけど、今、幸せな思い出に上書きされた。良かった。

 

>幸せとは思えないコト

うん、全部じゃないけど、知ってた、、と思う。

家父長制の色濃く残る田舎の本家の長女だもの、理不尽なことは数限りなくあったであろう。容易に想像できるよ。

それと、私がキドの家に遊びにいくたびに密かに心を痛めてたのは、

キドのお母さんが、キドに何か言うときと弟クンに対するときの声の温度が全然違っていたこと。

キドは、よくグレなかったと思う。

え? ちょっとグレた?

高校生のときのあれかな、中学生だったっけ。

あれはまあ、不良のマネごとみたいなもので、あの時の制服の長いスカートは今から思うと笑えるけど、当時の私はキドが変わっていくようで悲しくて、キドが持ってたタバコを雪の中に投げ捨てたっけ。

あの時、キドは戦っていたんだね。

子どもの頃のキドの辛かった記憶が幸せな思い出に上書きされたのなら、私は本当に嬉しい。

 

ねえ、キド

どうしてキドは逝ってしまって、私は生きてるんだろうって考えてたよ。

だって、キドは人一倍、いや人の二倍、私などの数十倍苦労して大変で忙しくて、ずっと頑張ってきたのだから、これからは楽をして、自分のやりたいことをやって、うんと楽しく生きなきゃ、って思うのに。

自分勝手に生きてきた私が、今も生き長らえているのは、なんか間違ってる気がする。

なんでこうなるんだろう。

もしかして、キドは人として合格点をもらってこの世を卒業したのかな。私はまだまだ苦労が足りないから、今生でもっと修行せよ、ってことだろうか。

よくわからないけど、全然わからないけど

寂しいです

 

ねえ、キド(2回目だ)

穴って開くんだね、心に。知ってた?

心の穴を感じるんだよ。びっくりだよ

通勤で歩いているときも、家でご飯を食べているときも、胸のあたりがぽっかりしてるし、テレビの天気予報で「明日の新潟の最高気温は35度」と聞いて、「キド大丈夫かな」反射的に思って、ああ、もういないんだ、と気が付いたとき心の穴が広がる感じがする。キドの不在には当分慣れそうもないよ。

 

いかん、メソメソしてきた。

そうだ、大事なこと忘れたた。

キドに ちゃんとお礼を言いたかったんだ。

キドがいてくれたから、私の子ども時代はめちゃめちゃ面白かった。

とてもヘンテコで密度の濃い小学生時代を送れたのはキドのおかげ。

大人になって、昔と変わらないキドと会えたときは嬉しかったよ。いや、変わらなくはないか、グレードアップしてた。昔よりも更に行動的で利他的で頼りになる大人になってた。でも、やっぱり空気感は子供のころと変わらず、安心したよ。魚沼での再会もミラクルがいっぱいだったよね。その翌年の二人旅もホント楽しかった。

キドが友だちでいてくれてよかった。

愛しい日々をありがとう。

 

 

 

霧ヶ峰で何もしない_2日目

テント泊2日目の朝

5時に目が覚め、テントから這い出て

飲み物を取り出そうとクーラーバッグに手を伸ばしたらば

 

セミが寝てた。

いや、羽化したばかりのセミか?と辺りを見たが抜け殻は見当たらず、寝てるみたい。

そっと、起こさないように静かにバッグのファスナーを開けてお茶のペットボトルを取り出し、またゆっくりファスナーを閉めた。透明な羽根のセミは頭を下にしたまま微動だにしない。熟睡中。生きてるよね?

 

明るかった月は白くなり、西の空に

 

 

遠くでカッコウが鳴いてる。

近くの松のてっぺんではマヒワが囀り、コガラもチョロチョロしてた

少し歩くと、また樹の上で鳴く鳥がいて

双眼鏡で見るとアオジだった。

マヒワやアオジの囀りって初めて聞いたよ。

どちらも澄んだ良い声だ。

 

昨日、夕焼けを見たスキー場の上に行くと

薄靄の中、遠くの山々が見えた。

 

・・・などと、毎年、毎年、まーいとし

同じようなことを書いているな、という自覚あり。(忘れてるところもあるけど)

そうだよね、山登りは別として、霧ヶ峰での行動は毎年ほぼ同じだものね。

テント張って、散歩して景色を見て花見て、夕陽を見送って焚火をして寝て起きて、鳥を探して山を眺めて、ちょっと散策して帰る。以上。

朝の山並みの景色は最高なのですが、毎年同じような写真の羅列になってしまうので、今年は一枚で済ませることにしよう。

パノラマワイドだぁ!

 

左から、太陽の下に車山、蓼科山、八ヶ岳連峰、ちょこんと富士山が浮かび、南アルプス、中央アルプス、御嶽山、乗鞍岳、北アルプス

うーむ、やっぱり1枚だけでは伝わりにくいので、南アルプス拡大っ。

 

甲斐駒ヶ岳、北岳、仙丈ケ岳どーん、ですね。

 

今年は、新しい道をみつけたので行ってみました。

スキー場から15分くらい歩いたところに薙鎌神社(なぎがまじんじゃ)という石の神社があり

 

神社前にある謎のオベリスク(おそらく鳥居だった)を過ぎると

眼下に諏訪湖が見えた。

 

正面は中央アルプス。

中央アルプスは一度も行ったことがない。千畳敷カールいいな。木曽駒ケ岳に登ってみたい。私でも行けるかな。

 

薙鎌神社の手前には、ウッドチップの敷かれたクロカンロードがあって、

 

八ヶ岳を見ながら走るのは、気持ちよさそうだ。

 

テントに戻ると、クーラーバックで寝てたセミはどこかに飛んでいったようで、姿を消していた。生きててよかったε-(´∀`*)ホッ

テントを撤収して、またテクテク🐾

車山肩に向かって歩いたよ。

 

あちこちで囀ってるノビタくん(ノビタキ)

霧ヶ峰はノビタキ天国なので、あちこちでノビタキに遭遇する。

 

道端にはツリガネニンジン

 

なんか好き

 

足元でちんまり咲いてる、これは何だろう

 

タテヤマウツボグサ? お初です。

 

こちらは、よく見るハクサンフウロ

 

ですよね

じゃあ、これは?

 

痛恨のピンボケ(>_<) 

ハクサンフウロのようでハクサンフウロじゃない ベベンベンベン

花弁が3~4つに裂けてる。葉はハクサンフウロ。

調べてみたらば、イブキフウロっぽいけれど、どうなんだろう。

ハクサンフウロの変異の気がするが。

いろんなのがあるね、面白い。

 

毎年、同じようで同じじゃない、高原の夏。

今年の霧ヶ峰のゆるーい2日間、楽しかった。

 

じゃっ、暑い下界に帰るか。

 

 

 

 

霧ヶ峰で何もしない

今年もすこぶる暑い夏 ι(´Д`υ)

逃げたい、この猛暑。

逃げよう!

ということで、今年もテントとシュラフを車に乗せて霧ヶ峰に行ってきました。

 

諏訪市の市営霧ヶ峰キャンプ場は、今年から民間委託になりまして、

トイレがウォシュレットになったとか売店ができたとか。

 

kirigamine-camp.com

 

朝、家を出て、途中 富士見高原に寄って(クロツグミと、ジョウビタキの巣立ち雛を見たよ)14時頃 霧ヶ峰キャンプ場に到着。

 

花を撮りたいのか 看板を撮りたいのか、どっちなの?の図。(変なところに咲いてる花を撮りたかったけど、欲張って看板も入れたら中途半端な写真になった)

 

管理棟は一部新しくなっていて、こじんまりした売店もありました。

が、全体的には変更点なく、見慣れたいつものキャンプ場で

例年通り管理棟から離れた静かな(不便な)場所にテントを設営

 

狭いながらも、、窮屈な我が別荘。一応3人用テントなのですが。

テント近くのトイレは、ウォシュレットではありませんでした。

順次改装中だそうです。

 

さあ、テントを張り終え、何しよう。

昨年は車山と蝶々深山に、一昨年は鷲ヶ峰に登ったっけ。

今年の予定は・・・ない。

何もしない、ただ涼みに来ただけ \(^O^)/

避暑です。(なんて優雅な響き)

 

その辺をブラブラ散歩しよう。

 

雲の影が、緑の草の上を流れていく

この景色を見ると、霧ヶ峰に来たなって思う

 

八ヶ岳をバックにお花畑

 

 

夏ですねぇ。

 

テントに戻って夕飯を食べた後

スキー場の上に行って夕焼けを待っていると

陽が沈んでだいぶたってから空が燃えてきました

 

紅く染まる雲

ちょっと寒くなってきた

 

夜は火を燃して暖をとろう

今年は、家の庭で枯れてしまったカナメモチも薪にしました。

 

揺れる炎を見て、火が燃える音を聞きぼんやり過ごす。

ときどき、ぬれせんべいを焼いて食べ、ビールを飲んだり

空を見上げたり。今日は薄雲がかかっていて星は見えない。

 

気が付くと、なんだか周りが妙に明るい気がするな。

テントサイトの白い花が、浮かんで見える。

キャンプ場の管理会社が街灯でも とりつけたのかな、と振り返ると

街灯ではなく

 

月が出てた

満月より少し欠けた月、薄い雲がかかっているのでぼんやりと

でも、明るく夜を照らす。

子どものとき、姉と月影で遊んだことを思い出した。

影踏みしたり、影絵を作ったり(夜な夜な外で遊ぶ姉妹)

月の光って明るいんだね。忘れてたよ。

 

焚火にあたってると

燃える火の乾いた暖かさが心地よくて

遠赤外線効果もあるのか、ほわんと眠くなってきた(ビール効果か)

火の始末をした後、シュラフにもぐりむ

月下で眠れることがなんだか愉快だ。

 

昨年の霧ヶ峰は、胸が痛くて「もうこれが最後かも」なんて弱気になったことを思い、

どこも痛いところがないって本当に嬉しいことだ、と幸せな気分で眠りについたのでした。

 

 

(つづきます)