キド
この前、娘さんから電話があって、キドのこと教えてくれました。
そりゃショックだったさ。
でも、去年の暮にキドがひどく体調を崩したと聞いたときから、何となく覚悟はしていたのかも。
びっくりしたのは、「四十九日の法要を済ませました」という娘さんの言葉。
「母の意向で、葬式は家族だけで」って。「せめてお香典を」と言ったらば丁重にお断りされたよ、キドとよく似た声で。
まったく、キドらしいなと思ったよ。
人のために何かすることは厭わないのに、誰かに面倒をかけることをよしとしない人だものね、キドは。
気持ちはわかるけど、私はキドのために何もできないのかな。
しばし考えて、手紙を書くことにしました。
キドとはずっとメル友だったし、私のブログもたまに読んでくれて面白がってくれたから、この手紙も読んでくれそうな気がするし、お線香あげるのと同じくらいには供養になるのかな、と勝手に思ってます。
長文メールだ。覚悟して読んでくれ。
連絡があった日、眠れないままにキドからの過去メールを読み返しました。
だいたいが、どうでもいい内容と愚痴だったけど、中に「ハッ」とする一文があって
二人が魚沼で30年ぶりに再会した「里帰り旅」のブログを読んで送ってくれたメール
キドらしからぬ、しんみりした内容だったね
>みちべえと、昔を思い出す楽しい時間が過ごせてほんに良かった。
>当時は幸せとは思えないコトがいっぱいあったよ。
>だけど、今、幸せな思い出に上書きされた。良かった。
>幸せとは思えないコト
うん、全部じゃないけど、知ってた、、と思う。
家父長制の色濃く残る田舎の本家の長女だもの、理不尽なことは数限りなくあったであろう。容易に想像できるよ。
それと、私がキドの家に遊びにいくたびに密かに心を痛めてたのは、
キドのお母さんが、キドに何か言うときと弟クンに対するときの声の温度が全然違っていたこと。
キドは、よくグレなかったと思う。
え? ちょっとグレた?
高校生のときのあれかな、中学生だったっけ。
あれはまあ、不良のマネごとみたいなもので、あの時の制服の長いスカートは今から思うと笑えるけど、当時の私はキドが変わっていくようで悲しくて、キドが持ってたタバコを雪の中に投げ捨てたっけ。
あの時、キドは戦っていたんだね。
子どもの頃のキドの辛かった記憶が幸せな思い出に上書きされたのなら、私は本当に嬉しい。
ねえ、キド
どうしてキドは逝ってしまって、私は生きてるんだろうって考えてたよ。
だって、キドは人一倍、いや人の二倍、私などの数十倍苦労して大変で忙しくて、ずっと頑張ってきたのだから、これからは楽をして、自分のやりたいことをやって、うんと楽しく生きなきゃ、って思うのに。
自分勝手に生きてきた私が、今も生き長らえているのは、なんか間違ってる気がする。
なんでこうなるんだろう。
もしかして、キドは人として合格点をもらってこの世を卒業したのかな。私はまだまだ苦労が足りないから、今生でもっと修行せよ、ってことだろうか。
よくわからないけど、全然わからないけど
寂しいです
ねえ、キド(2回目だ)
穴って開くんだね、心に。知ってた?
心の穴を感じるんだよ。びっくりだよ
通勤で歩いているときも、家でご飯を食べているときも、胸のあたりがぽっかりしてるし、テレビの天気予報で「明日の新潟の最高気温は35度」と聞いて、「キド大丈夫かな」反射的に思って、ああ、もういないんだ、と気が付いたとき心の穴が広がる感じがする。キドの不在には当分慣れそうもないよ。
いかん、メソメソしてきた。
そうだ、大事なこと忘れたた。
キドに ちゃんとお礼を言いたかったんだ。
キドがいてくれたから、私の子ども時代はめちゃめちゃ面白かった。
とてもヘンテコで密度の濃い小学生時代を送れたのはキドのおかげ。
大人になって、昔と変わらないキドと会えたときは嬉しかったよ。いや、変わらなくはないか、グレードアップしてた。昔よりも更に行動的で利他的で頼りになる大人になってた。でも、やっぱり空気感は子供のころと変わらず、安心したよ。魚沼での再会もミラクルがいっぱいだったよね。その翌年の二人旅もホント楽しかった。
キドが友だちでいてくれてよかった。
愛しい日々をありがとう。